InAequabilitas

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殺人=異常の原因

Yahooの知恵袋で「異常な殺人とは?」という質問に答えて来たのだけど、では殺人は何が異常なのかという事となぜほぼ必ず異常と騒がれるのかについて考えてみる事にする。
思いついた事をつらつらと書いていくので、文として成り立たなくなるかも知れない…。


問; 何故殺人が起きるとほぼ必ず「異常」と騒がれるのか。

殺人者と「普通人」の違い…法(刑法199条)を犯したか否かのみ。ではなぜ「殺人者!」と糾弾されるのに「殺犬者!」(261条、動物愛護法)と眼の色変えて叫ばれないのか(両方とも自然犯のはず)。なぜなら人間の「仲間うち」である為。だが戦時中に多くの敵を殺した兵士ほど讃えられるのはなぜか。何故ならそれは「必要」であって平和時における殺人は「必要」でないから。罪証隠滅、復讐など加害者からして「必要」である殺人はどうか。それが(自救行為のように)、動機が了解可能で他に道がないものは「異常者」と呼ばれない事が殆ど。では戦時中も平和交渉という別の道がないわけではない。だが戦時中は「味方/敵」という区別のみが存在、味方は何であれ肯定、敵は何であれ否定となる。平和時にも困難は存在するが、「敵」という恰好の捌け口が存在しない。そして魔女裁判・異端審問となる。
「常識」からズレていれば、いつでも異端となり得る。だがそのブレが余りにも微弱であったり、肯定的なものであれば「裁判」は敗訴してしまう。またその「常識」は何に基づくものか。それは古くからそう考えられているものもあるが、新しいものについてはメディアが滝のように提供する「情報」である。情報と共に立場や思想が付随してくる。自ら考えるという面倒な作業を抜きにするため、多数はそれを受容する。そうして常識が出来上がる。常識という名の法を用い、国民総陪審の裁判が開始。殺人はそもそも自然犯的で、そのため陪審は罪名を見ただけで有罪に傾き易い。弁護人が付こうものなら、弁護人も異端とされて起訴されてしまう。被告人は無力である。何か語れば有罪の証拠となり、何も語らなければ酌量「加重」の根拠となる。陪審員の脳内には裁判が始まる前から既に有罪の判決書ができあがっているからである。こうして被告人は2度裁かれるのだ!
またこの業界では有罪=異常である。少数の逸脱者を狂気と決め付けることで、自分たちの正気を保証させる為だ。だから身体障害者は社会に受け入れられても、精神障害者はなかなか受け容れられない(→障害って)。「誰の中にも狂気は宿る」と語る人間や同意する人間は多いが彼らの「自覚」する狂気は何とも可愛らしい。結局「自分は」正気なのである。そのようにして語られる言葉は、字面が如何に真であっても偽でしかないのだ。

解1; 読者の注意を引き付ける。マスコミの「売る」技術。→「売れない情報は売らない」
解2; 異常に対し自分たちの正常を確認する。
解3; 不満などの捌け口。中世における魔女狩りの心理と同じ。
06/20
あ、ベストアンサーに選ばれてしまった(笑
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Author:北落師門
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