FC2ブログ

InAequabilitas

 moneo in reticentia - audi.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

超流動

膨大なメールを丁寧に削除していっている.「そんなこともあったな」程度のたんたんとした感想しか浮かばない.「そんなこと」の日常的連鎖は,もうすぐ終わる.それを思うとどうしようもなく楽しくなってくる.
必死に生きてきた.振り返ればどうしてあんなに必死になっていたのかわからないほどに.毎日何時間も壁を見つめ,過去問集は買ったけれど一問も解かず(そもそも開いてすらいない),「第一志望に受からなかったら自殺しよう」と心に決めていたのに,それでも大学受験に向かってなぜか受かってしまった.高校の知識力の残渣と運で合格しただけだったので,大学に入れば周りはみなすごいひとばかり,僕は壁を見つめる生活を引きずっていて勉強などできず,すぐさま深い劣等感に囚われた.「進学振り分けで希望の学科に行けなかったら今度こそ死のう」と思っていたらこれもなぜか第一志望の学科に第一段階ですんなり内定してしまった.学科内定直後に医療保護入院でその学期の単位がまるごとぱあになり,学科進学後はその学期に習っていたはずのことが何もわからないので実験も座学も五里霧中状態.単位はボロボロ落としてゆき,テスト後に周りがピリジンとピロールの話ばかりしているので逃げ出したかった.でも卒業はしなければいけないと思っていた.死にたいと言いながら,どこかでは生きることがデフォルトだった.
何年もわからないまま苦しんで,やっと頭の回転が戻ってきたので集中も理解もできるようになったと思ったら,今度は,今度こそ死ぬんだもんな.側から見たらそりゃ死ぬ理由がないでしょう.僕もそう思う.でも死ぬんですねえ.
「死にたい」ではない.そんな”願望形”ではない.願望ならするもしないもあり得るだろう.だが,これは決定事項であり,義務である.する以外の選択肢は残されていない.主治医は「強制的にやらされるのなら嫌では」といったことを言っていたが,「強制的にやらせている」のはおそらく僕自身であろう.抵抗感も,恐怖も,悲しみもない.
もう必死に生きてなどいない.そんなふうに生きるのはもうごめんだから死ぬのだろうか?それもあるのかもしれない.自殺という目的のみが一人歩きして,理由は置き去りにされていっているような気もする.あまりに複雑な理由と無意識的理由が絡み合っているから,僕にもよくわからなくなっているというのはある.理由はあったのに違いない.けれどもうそんなことはどうでもいいのだ.
死のみがリアル!死のみが希望!僕の駆動力はいま自殺の希望と虚無感!
印象として,たぶん僕は平坦な表情をしてひとり抑鬱に沈んでいるというイメージがあるかもしれない.しかし僕はむしろハッピーに近いし,よく笑っている.看護師が薬の時間になって「お薬…飲まないですか?」というたびに,おかしくて笑いながら「飲みません!」と答えているし,さっきも僕が何やらを隠し持っているのではという疑惑のために看護師が2人病室にガサ入れに来たが,あまりに面白いのでずっと爆笑していた.面白いものは普通に面白く,もうすぐ死ぬけれど買いたいものがあれば遠慮なく買っている.全く自殺志願者らしからぬ振る舞いである.長い間抱えていた色々な悩みは,途方もない虚無感の前にすべて瑣末なものと成り果てた.人並みには悩んでいるかもしれないが,まあ人並み程度の話である.それが原因で死んだりはしない.
どうでもいいのである.何かしたいと思って,そのために努力したりは今でもするが,それが何らかの外的原因によってできないことになっても,まあ別にいいやという感じだ.いわゆる未練というやつは,「やり残したこと」「やりたかったこと」などがあるかという観点においては確かにあるのだけれど,「どうしてもやりたいか」「やらないことで後悔するか」と聞かれればそれはないし,その観点で言えば未練は何もないのかもしれない.とても,とても,さらりとしている.液体ヘリウム並みに粘性がない.
「君が死ぬと悲しいなあ」「親御さんが悲しむよ」などの一般的説得から,「この大学に入った時点で君は貴重な人材なんだから,君がよくても社会的責任があるんだ」という責任論的(?)説得まで,様々なひとが様々な説得の仕方をしてくる.「ご迷惑をおかけしてものすごく申し訳なく思いますが,結論は揺るぎません」というのが僕の返答である.他人を悲しませるという罪悪感,迷惑をかけてはならないという遠慮,能力を活かして社会の役に立つことをしなければという責任感,それらを全て深い海の底に沈めてきてしまったから,もう何も感じないのだ.ただひたすらに,虚無.
どんな妨害をしようとも,僕の決意の強さはあらゆるものに勝る.衝動性は成功を阻害するから,どんなに死を希求していても衝動的にいま死んだりはしない.見回りが1時間おきに来るので発見されてしまうおそれが高いからだ.計画通りに駒を進めていく.たとえ失敗しても,第一希望の方法では死ねなかっただけの話.方法などいくらでもある.何も成し遂げられなかった僕だから,今度こそは.
スポンサーサイト

Comment

2018.01.29 Mon 00:38  

夾竹桃についての記事を興味深く拝見しました。

新振りといい、本棚の理学学術書(「微分積分学」など)の選出といいUTの風を感じます。
こうして記事を読んでいるのも何かの縁ですかね。
関係ないですが、記事タイトルに洒落がきいていて感心してしまいます。

ではでは。
  • #0DFq/tj2
  • [Anonym]
  • URL
  • Edit

2018.01.29 Mon 05:52  Re:

コメントありがとうございます.
キョウチクトウの記事、そこそこ昔に書いたものですが強化版のほうは今でも十分通用する良い記事ではないかと思っています(自画自賛).
おっしゃる通りUTです. ただ, 他の本は自分の指定教科書ばかりですが, 微分積分学だけは理2の知人に「いらないからやる」と言われてもらったものです. 僕の数学IAの先生は教科書を指定しなかった…
もうあと少しで更新も終わる予定ですが, 読んでいただけますと嬉しいです.
  • #-
  • 北落師門
  • URL
  • Edit







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://noncomposmentis.blog36.fc2.com/tb.php/319-da107ab6

この記事にトラックバック(FC2Blog User)

Home

Biography

北落師門

Author:北落師門
死に至るまでのしばらくだけ,文章を書き散らすための場所

Latest Articles

Comments

Trackbacks

Links

Categories

Search

 

Counter

Current Visitors:

Archives

Mail Form

Name:
Mail:
Subject:

Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。