InAequabilitas

 moneo in reticentia - audi.

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事象の地平面を越える

北落師門と訣別したつもりでいた. もちろん「善良な大人」になるつもりではなかったけれど, 薬の副作用か思考ができない年月が長く続いていた. 僕はもう考えられない, 何も書けないんだと思った. 目前のタスクを片付けることに邁進しながら日々を過ごし, わかりやすい悩みを悩んだ. それくらいしか余裕がなかったというのもあるだろう. だが僕は僕にしかなれなかったらしい. 薬を飲んでも, 何度入院を繰り返しても, いくら知識を積んでも, 僕は僕だった. 「めんどくさい」思考を放棄することなどできなかったのだ.
抗精神病薬で思考がもったりしてくるというのはよくある話だろうが, それもおそらく短期的なものであるらしい. 5年間薬を欠かさず飲み続けて, しかしここ1年から半年ほど思考のとろみが消え去っていく感覚がある. 本も読める. ロジカルな思考を組み立てる能力も回帰している. 強迫的思考が舞い戻ってきた. 北落師門の亡霊が彷徨っていると思っていたが, そもそも殺せてすらいなかった.
「まだ死んでなかったんですか?」という声が方々から聞こえてくる気がする. そう, 僕はまだ死んでいないどころかあれから真面目な自殺未遂をしたこともない. 死んでもいいか, という未必の故意を持って処方薬を数百錠飲み, 数日後に病院で目を覚ましたことならあるが, それくらいでは死なないことはわかっていた. 初めて精神科に入院したカフェインODのときも同じ. 「死んでもいいや」ではあったが, 本気で死ぬ気はなかった. 殺そうと思って左手首を切りつけても死ぬほど深くは切れなかったし, 隔離室で包帯で首を吊ろうとしたときだって死に傾いていたけれどどうしても成功させなければという強い意志を欠いていた.
ずっと命は軽かった. 羽毛のように意識をひらひらと舞っている. 以前は死を思うとあれをしなければこれをしなければと義務感だか未練だかが心を捉えたものだが, それも全てどうでもよくなってしまった. ニヒリズム・ブラックホールの事象の地平面を越えたと思う. 自分でも面白いくらい全てを吹っ切っている.
今も閉鎖病棟にいる. 入院初日からずっと拒薬し続けている. 僕は何もつらくないのだ. 現状を変える必要性を全く感じていないし, 早く全員に見捨ててほしい. けれども主治医はうんと言わないだろう. そこまでして生かしたいのはなぜだ. 医師と患者の関係でなくなれば見捨ててくれるだろうか.
綿密な自殺計画を立て, それを忠実に遂行しようとしている. 自殺以外は何もかもフェイクに思える. 今度こそは絶対に死ななければ. だから病室ではやらない. 巡視が1時間ごとに来るから, 発見されてしまったら困る. 確実な, 死を.
「どうにかならないんですか?」と主治医は頭を抱えていたが, どうにもならないしどうにもしたくない. この前の入院時は死を思うととめどなく涙が溢れたけれど, 今はもう悲哀も, 衝動性も, 抑鬱も何もない. 論理, 合理性, 理性. 誰も, 僕の論証にロジカルに反駁してはくれなかった. だから僕は僕の推論した結果を信じるしかない. 僕が頑固なのはわかっている. 僕を止めたいのなら納得させればいいじゃないか. でもできないんだろう.
僕だって, 僕が絶対的に, 普遍的に正しいとは思っていない. 僕の思考体系のなかでのみこの正しさは成り立つ. 個々人の信奉する公理が異なるのだから, 出る結論は違って当たり前だ. でも僕を納得させたいのなら, 僕の依拠する公理から反対の結論を導いてみせればいい. けれど誰もそうはしなかった.
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Author:北落師門
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