InAequabilitas

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理解と誤解

他者に「理解されない」ということは当然であり、むしろ他人を理解することは絶対にできないと前に書いたが、その考えは今でも変わっていない。ただ最近僕自身としては(月並みな表現だが)雷に打たれたような衝撃を受けたことがあったので、ひとつ。
知人とメールをやり取りしていて僕がいつも通り意味不明な思想的戯言を喚き出したのだが、そこで相手が「ごめん、よく理解できていない」と返してきた。だから僕は「君が僕を理解するということは絶対にあり得ない、なぜなら君は僕ではないから」というような内容のメールを送りつけた(別に絶縁状のつもりではないしそこは相手も解ってくれているのだが)。そうすると知人は「理解できなくてもいいから誤解はしたくない」と返信してきたのである。

誤解!それなのだ!これがマスターキーなのだ!「理解されない」ことは悲しいことでもなんでもなく、普遍の摂理である。しかし、「誤解される」というのは当人を憤慨させ、悲しませ、やるせない気分にさせることができる。他者との関係において唯一開かれている可能性は誤解のみ。理解か誤解かではなく、理解できないか誤解するかのどちらかなのだ。理解できないというのはいわば初期設定のようなものなので、これは<可能性>には入らない。誤解は積極的なものである。誤解には「理解したと思い込んでいる」状態も含まれる。なぜならどちらにしろ誤った相手の像を組み立てていることには変わりはないからだ。
真理だけが最も確固たる基盤であって、しかし真理は各人によって異なっても構わない。真理は普遍的ではないのだ。同じように<自覚している自己>というのも一種の真理であり、それを誤って捉えられるということは(自分にとっての)真理が捩じ曲げられているということで、だからこそ悲しいのである。誤解した相手にとってはその<自覚している自己とずれた自己像>が真理なのだが、それはそれで問題ない。だがふたつの相矛盾する<真理>を対峙させたとき、誤解は噴出する。どちらも自分にとっては相手の描く<自己像>(同一人物の)が間違いであり、つまりは「誤解している」となる。真理が普遍的でないのと同じく、誤解も相対的なのだ。そして誤解は双方の間において対称的である。甲にとって真であることが乙にとって偽であるのが<誤解>として表されるからだ。

それから、前までは「具体的な事柄については理解は成立する」と考えていたが、この考えも改めた。前に書いたときは確かおにぎりの具の例を挙げていたように記憶しているが、たとえば甲と乙の両方がシーチキンのおにぎりを好む場合、甲は乙を「自分を理解してくれている」と評してもいいというわけである。だが甲と乙が同じようにシーチキンを好きだというのはあり得ず、また各々の理由が異なっているかも知れない。要は完全な理解などやはりあり得ないのだ。相手のいう「青色」と自分のいう「青色」が同じであるかどうかすら確かめることはできないというのに(科学的に確かめることは表面的にはできようが、科学の根拠である帰納法の論理的根拠はどこからやって来るものか?)、シーチキンを好むということに関してならなおさら相手を<理解>することは不可能なのだ。やはりそこには<誤解>しかない。なぜならば自分は他者ではなく、他者も自分ではないから。理解されないのは当然のこと。けれども誤解されることは屈辱的なのである。

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Author:北落師門
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