InAequabilitas

 moneo in reticentia - audi.

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Todestrieb

実に1時間!1時間もの間中ずっと、刃物を握った右手で腕や頸の脈を取りながら、いっそのこと一息にぐさりとそれを刺してしまいたいという欲望に抗っていた。結局のところ、たかだか擦ったような傷の為に絆創膏を2枚も浪費する。しかし一体何ゆえに、僕はそうしてしまわなかったのだろう?きっと何か崇高な形而上学的な理由によるのではなく、ただ単に賞味期限の切れそうな食物が冷蔵庫にまだ残っていたからだとか、或いはまだあの本を読了していなかったのだとか、そんな<日常>の匂いを濃密に纏った他愛もない理由によるものだったに違いない。それとも或いは、怯懦な精神が最後に訪れる激痛を予感したからだったかも知れない。

僕が常に欲しているのは、身体を痛めつける事ではなく全くそれを破壊してしまう事なのだと気がつく。ある知人が僕の自傷癖を「自分の身体を切り刻みたい症候群」とか何とか評した時に、「ああそうなのだ」とひどく納得した。現在行う行為の結果として、切創ができたり血が流れたりということはあるだろう。けれども本当は、ごくありふれた怨恨殺人の犯人のように、憎悪に任せて相手の身体に刃物を幾度も幾度も突き刺したいのだ。相手が息絶えても、その肉体が襤褸切れのようになるまで繰り返し、何十回でも。

時折僕を襲う<合理性の波>が、死は最も合理的な選択肢なのだと囁く。そんな時僕は腕を組み、椅子の背にもたれ、電灯も全て消して、何時間でも動かず脳が麻痺するほどに思考する。数学の証明を吟味するときのように、その合理性を再確認し、どこかに反証はないかと見回す。僕に反証を見つける能力はないのらしいが、かといって今すぐに最高点をくれてやるのは躊躇われるのである。どこかに誤謬があるに違いないということを、論拠も持たぬ直覚が訴えている。
誰か、誰か反駁してくれないのか。僕の理性が構築した堅牢すぎる論証を、たとえば君が突き崩してくれたりはしないのだろうか。それとも僕がそう乞うたなら、君は無言で視線を落とすだけだろうか。そうだ、そうして僕は君に勝手に期待して勝手に裏切られたと嘆くのだ。一体どこまで僕は卑怯なんだ。

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北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
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