InAequabilitas

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自殺問題に関する随想

今年も自殺者三万人超は確実とかいう記事から色々な所に飛んで、自殺関連のものを見ていた。相談体制を敷いて自殺防止策を強化とよく喚いてはいるが、果たして本当に自殺しようと思っている(重症の)人間はそんな不気味な相談センターなどに電話を掛けたりするものだろうか。電話を掛ける人間は、死にたいとは思ってみるものの誰かに気付いて欲しい・止めて欲しいと思う人間(悪く言えばかまってちゃんタイプか)や、突発的に死んでみようと思った人間などではないだろうか。彼らはまあ低確率でうっかり死んでしまったりするが、大抵は「首に掛けた紐が緩んだ」だの「飛び降りようとしたら人に見つかった」だのドラマ並みに丁度良すぎるところで邪魔が入って遂行できなくなるものである。というか、邪魔が入ろうとも本当に死にたいと願う奴は―どこかで読んだんだが―飛び降りて死ねなかったらもう一度屋上に上り直して再度飛び降りてでも死を確実にするものだ。
ついでに「生きテク」なるサイトも覗いてみたが、これまた程度の低い乱文のオンパレード。他人の体験をいくらシェアしようとも、それはどう足掻いても自分の体験にはならない。自分の生き方を変えるのは自分の体験のみであって、また甲が感銘を受けた言葉・事柄に、乙は全く何も感じないかもしれないのだ。単純に、甲は乙ではないからである。それは勿論感受性の違いから来ているのだが、なぜ感受性が違うのかというと人物の背景や生い立ちが違うからだ。生きテクに投稿された文章の文面のうち8割以上がこれに割かれている気がするが、ひたすらあなたとわたくしのどこがどう違うのか説明されたところで一向に読者は何も得られないのである。文章のうちの一言に感銘を受けたのならば、それは箴言に啓発されたのと同じ事で自分の体験と言えよう。しかし、ある箴言が彼の人生を変えたからと言って自分の人生も同じく変わるわけではないのだ。要はこんなのは単なる無駄だと言いたいのである(文学的価値すらもない)。各々の記事の下に「生きてみる」ボタンがついていて「この記事を読んで自殺をやめた人」みたいなものがカウントされているが、これは実際死ぬのをやめた人数というより、fc2でいう拍手ボタンみたいなものではなかろうか。

話が変わるが、人間は果たして死にやすいのだろうか、それともかなりしぶといのだろうか。時折人間はあまりにも呆気なく死ぬもののように見える。しかし自分でも憎らしくなるほど生命力の強い奴もいるものだ。因みに僕は後者であるらしい(苦笑)。死にたくても死ねないというのは一種のホラーである。

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北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
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