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身体完全同一性障害

ナントカ同一性障害といって昨今まず思い浮かぶのは「性同一性障害(GID, Gender Identity Disorder)」に違いない。ほんのわずか精神医学を齧れば「解離性同一性障害(DID, Dissociative Identity Disorder)」も知る事ができる。ちなみにこれはDSMでの名称で、いわゆる多重人格障害(ICDでの呼称)である。
もうひとつ。「身体完全同一性障害(BIID, Body Integrity Identity Disorder)」というのをご存知だろうか。DSMに載っているのを二つ挙げたので何かの精神疾患かと思えばそうではない。DSMに載せようという動きはあるらしいが、未だ正式な疾患としては認められていないのだ。

ではBIIDとは何か。「身体」の「完全」性に対する「同一性」の「障害」、つまり現在の自己の身体と理想の身体に対するイメージがずれている状態だ。いや誰も自分の容貌に満足してはいないだろうけれど(笑)、そういう「整形したい」「痩せたい」とかいう願望とは似て非なる―と僕は思うのだが―ものである。BIIDでは何を望むのか。自身の一部の切断なのだ。
例えば左足。例えば右前腕。例えば親指。彼らにはその部分が非常に余分に感じられ、もしくは漠然とした違和感を抱く。しかしどこをどのくらい切断したいかという願望は非常に具体的で、「右膝の10cm上から下を切断したい」といった具合である。その部分に病変など異常は全くない。完全に健康な器官だが、そんなことは関係なく、とにかく切断したいという強迫的な願望を抱く。
注意しておくべきは、性同一性障害の切断願望とは区別されるということ。GIDにおいて例えばMtFでは陰茎の切断、FtMでは乳房の切除を望む場合があるが、BIIDではなくあくまでGIDとされる。しかしBIIDとGIDは似た部分が多く、並べて論じられる事も少なくない。

BIIDでは多く幼少時からの切断願望・障害者への憧憬や嫉妬があるという。そして「作為性身体欠陥障害(Factitious Disability Disorder、1997)」では軽い方から順に<四肢切断者を熱愛し、彼らに対する性的興奮を覚える>→<松葉杖などを使って障害者のふりをする>→<自らの体の一部分を切断する>となる。蛇足までに、四肢切断者をAmputee、志願者をWannabe、愛好家をDevoteeと呼ぶそうだ。

また、最近の研究ではBIIDが神経疾患ではないかという推測が立てられている。BIIDは右頭頂葉の機能不全で起こるというのだ。患者が切断したがっている部位に触れても右頭頂葉に反応がないためである。とすると心因からではない(神経的な問題)し治療も可能になるかもしれない…などと考えられたりもするが、果たしてどうなるのだろうか。

ところでGID患者は、社会的に「正当に」扱われていないと感じたりして抑鬱状態となることが少なくない。そこから自殺企図が導かれるのは自明であろう。これがGIDのもたらす症状の中で最も危険なものだ。BIIDも同じように死の危険を孕む。
彼らは「四肢を切断したいと考えているのは世界で自分だけなのかも知れない」という孤立感、「人に打ち明けたらキチガイだと思われるのではないか」という不安から、ただ一人で黙々と悩み続ける事が多い。その結果どうしようもなく強迫観念に追い詰められ、危険極まりない自傷行為に出るのである。
実際にあった例を挙げよう。ドライアイスで自らの両足を6時間冷やし続ける。銃で自分の足を撃ち抜く。チェーンソーで脚を切断しようとする。…僕は比較的ヘヴィーな自傷者だけどもさすがにここまではしたことがない(汗)。ちなみにそのチェーンソーを使った男性は出血多量で死亡したそうである。
彼らの目的は、医者に四肢切断を「やむを得ず」選択させること。時に切断が必要ではなくしかし障害だけが残ってしまう場合もある。それより先のチェーンソーの事例のように、死に到る可能性が非常に高いのだ。

通常の自傷行為も、周囲はそれを見れば大慌てでまず行為自体をやめさせようと強引に行動してしまう。刃物に触れさせないだとか、常時監視下に置くだとか、しかし実際のところこういった措置に意味はない。むしろ逆に、本当の問題を悪化させてしまう恐れもある。
同じようにBIIDも、切断したいという彼らの欲望を表面的に抑え込もうとしたりするだけでは全く解決にはならない。「健常な」思考からすれば、健康な器官を切断したところで不自由しか残らないのに、と思うに違いない(じっさい彼らは訳あって四肢をなくした障害者たちの怒りを買っている)が、僕としては彼らの一人が語ったこんな言葉が印象的だ。「確かに足を切断することで、私はハンディキャップを負うことになりますし、苦労もするでしょう。しかし私は既にBIIDであり、それ自体がハンディキャップで苦しんでいるんです。つまり、どっちを取るかという問題に過ぎません」と。

それでも四肢切断手術に反対する者が多いのはなぜだろう。ここは全くもって不思議な論点で、たとえば性同一性障害者への性転換手術、自傷者の自傷、希死者の自殺など。性別がおかしいと思うなら性転換してもいいんじゃないのというのは受け入れられやすい。しかし手首を切りたいんなら切ってもいいんじゃないのとか、死にたいなら死ねばいいんじゃないのと真顔で語る事はどうにも否定されやすい。同じく、腕をちょん切りたいならそうすればいいじゃないというのには抵抗が大きいらしい。
個人的にはどれも別にいいんじゃないかと思うのだが(あれ、爆弾発言?)。別に僕が自傷者でとにもかくにも自由にアームカットしたいからという理由からではないよ。単純に、違法ではないし合理的だからとそう思うのである。現行(日本)刑法では自殺すら違法ではない。現状が苦しくて、しかし解決方法が目の前にありながら実行できないというのは辛い。というと「人としての一線」とかなんとかいう倫理の講義を垂れ始める御仁がいるが、そんな曖昧なものに揺らぐほどなら初めから何も考えたりしませんよと言って突き放しておけばよろしい。

常人には理解できませんねえと呟かれることの多いこの障害。しかし僕が見るに、「かっこよくなりたい」「かわいくなりたい」という凡人の願望と大して変わりはないのだ。理解できないのだろうか。理解してもらえないのだろうか。「あなたはオカシイ」で終了させてしまうのは簡単だろうが―他の病気も同じ事が言えるのだが―彼らをもっと追い詰めていくことになる。
2008年5月28日のNewsweek誌でBIIDが記事になっている。参考まで。

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Comment

2010.05.06 Thu 23:58  

身体完全同一性障害ですか。初めて知りました。
面白かった。

自殺や自傷を止めようとするのは、そのこと自体が倫理に反するからではなく、それを止めようとしないことが「普通の倫理観」に反するからだと思います。
  • #71tnY3ZM
  • R.ogawa
  • URL
  • Edit

2010.05.10 Mon 13:24  

その「普通の倫理観」とは何ぞやという話ですね。
根底には「ネガティブなものを否定する」という側面があるように感じられます。脂肪吸引はポジティブだけど手足の切断はネガティブ(笑)しかし、足一本よりは命の方が価値が重いということは(って書いたら自信なくなってきた…)誰にでも判るはずです。そうすれば放っておいてたとえばチェーンソーの男性のように失血死させるよりは、安全に切断してやったほうがいいのではないでしょうか。
まあ自殺の場合、命以外に代わる選択肢がないので仕方ないのですが(日本刑法では自殺の「手助け」は禁じられていますが、自殺そのものは違法ではない。「自殺をしたら死刑」という不思議な国もありますがね)。
ネガティブなものをなくしすぎてもバランスが崩れる。もちろん病的すぎる社会もよろしくないですが、影の面の存在を認めなさすぎるのも逆に「病的」と言えましょう。







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