InAequabilitas

Date : 2013年02月

CURRENT MOON

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酔歩する自我

自分が解らない。「ただ独り信じられるのは自分だけだ」とは自身に陶酔する者が好んで口にする言葉だが、彼らはその言葉を本当に信じることができるだろうか。デカルトの思惟する「我」、フッサールの現象学的還元の原点。自己の連続性(そもそもこれこそ何なのだ)の"自明性"が揺らぐとき、これらの前提はいとも簡単に崩れ去る。難攻不落の砦たる独我論でさえ曖昧な存在になってしまいそうだ。
ヴォイニッチ手稿の暗号は、全く意味を為さないデタラメに過ぎないという説がある。所記を伴わない能記がありふれているように、動機を欠いた行動や対象を伴わない感情なども幾らでも存在する。"脈絡"からぽっかりと脱落してしまう。だから理由を探ることは無意味だし、不可能だ。けれども環境の中に墜落してしまった以上、それは行く先を探そうとする。行き先が暫定的にであれ設定されると、蜃気楼のように"理由"が見えてくるような錯覚に囚われるだろう。しかしそれは実のところ、「行き先」の逆方向への投影でしかない。
自我はブラウン運動よろしく浮遊している。自由意志などという貧相なエンジンだけではとても動かせそうにないほど、僕らの自我は鈍重なものなのだ。そこに"理由"を見ようとするとき、自身に絶え間なく衝突してくる他者の"自我"や外部の様々な存在に気付く。自我は容赦なく押し流される。"観測"の目は攪乱される。「自分が解らない」。シニフィエを忘却したシニフィアンのような自己。

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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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