InAequabilitas

Date : 2012年12月05日

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断片

毎朝、嫌な夢から目を醒ます。どんな夢かは全く覚えていない。夢の湿気だけを引き摺って一日が始まる。生まれてこのかた、朝が好きだったためしなど一度たりともない。
かつて住んでいた街がすっかり変わってしまったと信じていたのに、本当は何も変わっていないことに気付いたときのむず痒い違和感。凍結する気配さえない道路の脇に「路面凍結に注意」という看板があって、それがどうしようもなく可笑しくてにやにや笑いを浮かべながら家路につくこと。「ヨーロッパ」という字面と響きが突如として奇妙なものに感じられ、単語の意味は恐ろしいほど正確に認識しつつも"ヨーロッパ"という実在から単語が遊離していくのを見ているようなもどかしさ。
ホームに電車が滑り込んでくるとき、高所から真下を見下ろすとき、その先へ向かって飛び込んでゆきたくなる衝動に駆られる。死にたいのではなく、ただそこへ吸い込まれていくという錯覚が幼少の頃からある。今いる場所に立ち続けるのは励起状態にある電子のようでどこかしら収まりが悪い。きっと重力に任せて落ちていくのは清々しいだろうと考えてみる。
毎朝ホームで列車を待ちながら、執拗に脳内シミュレーションを行っている。…列車が来た! ホーム端の青色照明を横目で見る。5m程度に列車が近付いた時を見計らい、僕は電車待ちの列を飛び出して線路に身を投げる。非常停止ボタンが押される。車両の頭はもう血糊でぐっしょりと汚れている。肉塊、骨片、血飛沫。列車は何時間も止まり、沿線の列車も止まり、通勤客と死体回収にあたる作業員と警官、何十万もの人に呪詛されて僕は死んでいる。…それでも現在に至るまで何も起こらなかったし、恐らくこれからも起こることはないけれど。
身体と周囲との境界線が融解しているような感覚。多分、自己の輪郭などいつだって曖昧なものなのだ。ぼんやりと"その辺り"では"自己"の密度が高く、他所では低いというだけで、その自己-他者或いは自身-環境という連続スペクトルにどんな区切りを与えるかということだけが問題なのかもしれない。志向性が存在すれば、ふたつの事物は明瞭な境界を失い、グラデーションを描く。そこに境界線を見出すのはマッハ・バンドの錯視みたいなものなのだろう……仮説とさえ呼べない思い付きだが、もう少し突き詰めれば形にはなるかもしれない。
毒にも薬にもならない思考ばかりが頭の中をのたうち回っては消えていくことを繰り返している。自身が発した問いから、「だから何なの?バカなの?死ぬの?」という嘲りだけが僕に回帰する。常に思考してはいる。だがそれは何らの結論も与えない。
何故だ。何も考えられない。

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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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