InAequabilitas

Date : 2012年10月06日

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言葉はそれ以上でも以下でもない言葉そのもの

ある作品の作者の人格は、その作品の価値に影響を及ぼさない。話者の人格は、語られる言葉の正当性を些かも揺るがさない。当り前の話である。モーツァルトは下品で低俗な人間だったというが、その和音の操り方は類を見ない素晴らしさだ(とはいえ、僕自身はモーツァルトの作風が好みではないのだけれど)。音楽ならまだ理解されよう。ところが、人生論・忠言・哲学…の領域になるとそうはいかないらしい。例えばビル・ゲイツが清貧の思想を説く。或いは常習窃盗犯が遵法的生き方を賛美する。普通彼らは「何言ってやがる、大富豪のくせに/泥棒のくせに」と全く相手にされないのであろうが、そうだとしても発せられた言葉の意味・内容は話者や筆者からは独立している。話者の人格が影響するのは話者自身の(その言葉に対する)誠実さであり、虚言を弄しているかいないかの判断であり、感じられる言葉の"重み"なるもの(何だこれ?)であったりする。しかしそれは断じて言葉自身の内容とは無関係なのだ。

以前何かの本で読んでどの本だったか忘れてしまったが、面白い実験の話が載っていた。死刑反対の弁論を収めたテープをAとBの二組の被験者に聴かせる。Aグループには、話者が"自身が何度も死刑判決を出したのち熟慮して死刑反対に転じたベテラン裁判官"であると伝え、Bグループには"審理中の凶悪連続殺人犯で、今まで一切反省の色を見せたこともない"と伝える。当然ながらテープは全く同じもの。そして主張に賛同できるかを問う。容易に想像できることだが、Aグループのほうが賛同率は圧倒的に高かった。しかし殺人犯が言ったからといって、その弁論の内容は否定されてもよいものだろうか? 数学で赤点ばかり取っている生徒がある日突然テストを完答したとしても、教師はやはり満点を与えなければならない。それと同じことだというのに、「お前にそれを語る資格はない!」と喚き散らす御仁の多さときたら。
今まで買って失敗したなあと思う本はそれほど多くはないのだが、そのうちに樋口裕一の"頭のいい人、悪い人"シリーズがある。確かブックオフで105円だったので2冊買ったが、とうにまたブックオフに売ってしまった(合わせて10円くらいではなかったろうか)。その本にも"たかがそれごときの不幸を背負い込んだくらいで不幸面するんじゃねえ"といった主旨の記述があったような覚えがある。ああこいつも言ってんなと呆れながら読み飛ばした。

僕が人生ではじめてそういった類の主張に出会ったのは、5歳くらいの時のピアノ教師によってである。短調の曲を弾くのに「感情が追いついていない」というのだ。「あなたは悲しい経験なんかしたことないから、悲しい表現ができないのよ」。いくらガキでもこれがおかしいことくらいは判る。それでは世の有名ピアニストたちは皆、一家皆殺しの生存者だったり原爆症に苦しんでいたり余命3ヶ月と宣告されていたりするのであろうか? そのような経験を持つからこそ彼らは、聴く者の心を揺さぶるような演奏ができるとでもいうのか。そのかなり後に別の教師に替わり、「悲しみの表現」を生み出すのは悲しさではなく演奏テクニックであることを再確認したのであった。

マーク・トウェインの言葉。「我々を悲しませることで、些細なことなど何もない。子供が人形を失くした悲しみと、国王が王冠を失くした悲しみとは、同じ大きさの出来事なのだ。」悲しみや不幸に格付けなどできるはずもない。悲しい本人或いは不幸な本人が他者の不運に触れて、自分の不幸さを嘆くことをやめるのは勝手である。しかし第三者がどうして「彼には不幸を語る資格がある。お前にはない」「お前の不幸などニセモノだ」などと評することができるだろう? 話し手にとっての不幸は紛れもなく不幸なのであって、それが聴き手にとって不幸と感ぜられるか否かは全く以て関係がない。まして相手の体験であるそれを勝手に否定することなどできるはずもない。確かにこれは、上の場合とは違って"客観的"な(絶対的に正しい)判断というものが存在し得ない。たとえそうであれ話者にとっては"いま、ここでの"絶対的な真実"だ。3年後に振り返って「やっぱりあんなものは不幸じゃなかった」と話者自身が回想しても、不幸を表明したその時点での"真実性"を変えることはない。
やっぱり至極当り前の話じゃあないか。

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北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
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