InAequabilitas

Date : 2011年09月20日

断片

義理や人情がどうのと言う奴は結局他人に依存したいだけなのだ。他人が自分に依存するのを許すことによって自分が他人にもっと依存できるように、聞こえのいい言葉をそこらじゅうになすり付けて回っているだけだ。自己責任という単語を聞いた途端にキャンキャン鳴き出す奴は単に責任を負いたくないだけであり、面倒なのは彼らが"自己責任と詰ること=周囲(社会)に責任があるのに自分に転嫁しようとしている"と本気で信じ込んでいること。但し裏を返せば、彼らにとっては僕が"自己責任とか言うな=自分が責任を負いたくないだけ"と不合理に(?)思い込んでいるように見えているに違いない。だからこそ僕は他人に何かを強制する気がないのだが。
見ろ!面倒な相手がやってくるぞ!鋭く研がれた詭弁とレトリックと毒舌を手に、僕は反撃を開始する。
倫理を捕らえてその皮を剥いだ。熟れて弾けた柘榴の如き倫理の死骸がここに打ち棄てられている。やめろというのに僕にまとわりついて回り道を行かせようとするものだから、とうとう堪え切れなくなって殺してしまった。しかし僕の姿は街中を闊歩するには悍ましすぎるらしい。それで剥いで奪った彼奴の皮を頭から被って歩き回っている。
対話の希望?そんなものなど何処にもない。せいぜい無駄な期待をかけてその結果絶望することのないようにしておくことだ。議論は平行線、いや捻れの位置。何にもなりはしないのさ、そうだろう?不毛なる悲嘆。僕の理性よ、そうだ、君が最もよく知っているはずではないか。
全て所詮は捉え得ぬ現在、どうすることもできない追憶に一体何を歎くのか。醒めた自嘲の鎌が抉る意識の諦観にも似た自死の予感。不要なものばかりここにある。誰もが誰かを嘲笑う、誰もが誰かに殺される。然らばあのペテン師を殺してやったものか。しかしそのようにした所で何になるというのだ。一切は無に帰する。喚いて足掻いて縋り付いた所で何になるというのだ。何に縋り付こうというのだ。君等と共にインチキ神様なぞにひれ伏す気はさらさらない。笑わせるな。
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北落師門

Author:北落師門
死に至るまでのしばらくだけ,文章を書き散らすための場所

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