InAequabilitas

Date : 2011年05月28日

CURRENT MOON

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放任された異邦人

今日ママンが、じゃなくて祖父が死んだ。しかも今日じゃなくて昨日だけれども。
最後に「正式な葬式なんかやめてくれ。花輪なぞひとつも要らん」と言い残して死んだそうである。道家の思想を尊んだ祖父らしい言い分であった。それでも伯母や父はすこし花を買い、祖父が慣れ親しんでいた小さなテレビや置き時計をどかしてそこに写真と花を飾った。もし祖父が見ていたら間違いなく癇癪を起こしたろうなあと思ったが、まあ本人は死んでしまったのだから致し方ない。

面白かったのは、僕が着いたときには従姉も祖母も誰も皆平然としていて、談笑さえ交わしていたくらいだったのにもかかわらず、遺影?が運ばれてくるとみんなしかつめらしい顔つきになり、それが飾られた途端にみんなでわあわあ泣き始めたことである。あとはロウソクがなぜかゼリーキャンドルだったのも面白かった。何がいけないわけでもないが、どうしても周りに馴染んでいないのだから。
僕はもう家族全員に(こういう儀式的なことに関して、あと死生観に関して)諦められているので、泣いている人間をしげしげと観察していても、ゼリーキャンドルの成分のことばかり考えていても、もはや何も言われない(笑)。遺影の前に何やらを供えさせられ、それを終えると父親にとっとと隣室に追い立てられる。そして隣室でパイレーツオブカリビアンのサントラ(ハンス・ジマー万歳!)だとかベートーベンのピアノソナタ集だとかを聴いていても何も干渉してこないのだから実に気楽だった。しかし部屋に置いてあった従姉のアコギを弾き始めると母親がすっとんできて僕を止める。祖父が音楽をあまり好まなかったからというのが理由である。では自分が置いたものを元の場所から移動させられるとかならず不機嫌になった祖父に対して何十年もそこにあり続けたテレビと時計をどかすのは構わんのかと思ったが、まあこれも仕方ないだろう。

「未来はない」という中島氏の思想を何だか身に滲みて実感したような気がした。部屋には使われなかったオムツや、吸われなかった煙草や、食べられなかったビスケットがたくさん積まれていた。煙草は、緊急治療室の病床で何か喋るとしたら不平不満か煙草をねだるしかなかった(らしい)祖父が回復したら吸わせてやろうと誰かが買っておいたものである。これは伯父が吸うことになるに違いない。母親は少し前に日本から、祖父が好きだった生チョコレートや白い恋人を持ってきていた。それも祖父ではない誰かが食べる事になるのだろう。誰も未来が判っていたなら、祖父の為に煙草を買ったり、使われないオムツを買いためておいたりはしなかったはずである。だから彼らが物を購入している時点(現在から見れば過去)では、未来(現在から見た現在)は存在していなかったのだ。誰もが祖父の遺影に悲哀を感じていたようだが、僕は祖父がかつて<所有>していたそれらがもはや無用になってしまったことが無性に悲しかった。そこに非合理性を見たからだ。
祖父の死はそれより遥かに<合理的>である。誰もがそれを予期してはいた。しかし、誰もあとに残されていく<モノ>など考えてもみなかったのだ。だから現在それらは、ベビーベッドのそばに張られた元素周期表のように無意味であり、そしてどこか"awkward"な感じが漂う(この雰囲気にぴったりな日本語が見つからなくて申し訳ないけれど)。

現在僕にとっては親戚連中の嘆きよりも、たとえばシーシュポスの神話を読了するほうが重要な問題なのだ。人が(老衰で)死ぬのは自然現象だ。そして死ぬのは自分ではなくあくまで他人であって、また今日に限って思想を変えろと言われてもどだい無理な話である。これも致し方ない。むしろそういうものなのだ。けっして僕は祖父を嫌っていたのではない。それどころか時折哲学じみた、或いは文学じみた話もする相手だったが、しかし彼の死は自然現象だということに間違いはない。僕にとってはただひたすらに<仕方のないこと>なのである。母の死を悲しむという<芝居>をすることを拒んだが為に糾弾されたムルソーに較べれば、期待も失望もされない僕というのはとてつもない幸せ者であろう。放任された異邦人は毒にも薬にもならぬ。だからこそ<無関心>は<優しい>。世界自身にも<異邦人>にとっても。

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Author:北落師門
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目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
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