InAequabilitas

Date : 2010年11月

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黒い傘の陰に

朝、律儀に目覚まし時計が僕を起こしてくれた。いつになく苛々した。目を覚ましたら部屋が期待したより寒かった。
乗った車が事故を起こしたけれど僕は死ななかった。大した事故ではなかったが、残念だと思った。
昼下がり、もう少しくらいは図々しくなりたいと願った。言葉を上手に手なずける周囲の人間を羨んだ。僕は何も言えなかった。
夕方、理由もなくただ苛立たしかった。少し悲しかった。濃いホットコーヒーが飲みたかった。それなのに、入った店は偶然か嫌がらせかコーヒーが切れており、静かな所がよかったのに僕の大嫌いなクリスマスソングをずっと流していた。その上暫くしたら、せっかく人のいない一角を選んで座ったにも関わらず、そして店の中はがらがらに空いていたのにも関わらず、ひどく見目の悪い若いカップルが僕の視線のちょうど前にあるテーブルについた。ただ座っているだけなら許したが、彼らは絶えず抱き合ったりキスしたりしていてとても耐えられたものではなかった。そしてまた暫くして彼らは店を出た。
こんな日には折れた手帳のページの角にさえ怒りを感じてしまうのだ。誰かを怒鳴りつけたかった。どうしようもないほどに誰かを傷つけたかったのに、また僕は何も知らぬ顔をして、そうして代わりに自分の弱さを傷つけるんだ。
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観察

とかく人間とは面倒な生き物である. 煽てられるのが嫌だと言いながら, 貶されてもいい顔はしない. 何もせずに楽に生きたいと願い, 且つ名声を得たり尊敬されたりしたいと望む. 友人が疎ましいなどと吐露するが, 友人が離れていくのは耐えられないと言う. 一人で居れば孤独で寂しいそうだが, 大勢で居ても孤独であると言う. 批判するのは好きだが, 他人に批判されるのは屈辱だと宣う. 愛されたいとは願うものの, 束縛されるのは御免だそうである. 渇するほどに何かを欲しながら, 手に入れた途端に見向きもしなくなる. 正義や善を為さねばならぬと決意するも, やはり不義や悪行の方が甘いと思い直す. 生きるのが面倒だと漏らすが, いざ死んでみるとなるとそれも嫌だと言う.

結局のところ総てに無頓着になるのが最も良いのだが, そういう訳にも行かぬように人間は出来ているらしいのである.

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人間失格

ズレの多い生涯を送って来ました…(虚脱

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一字一句違わず…

これを何のカテゴリに入れるかというのにまず迷った。でも脳科学か認知科学で扱うだろうなと思い、科学へ。本当は認識論(哲学)のところから引っ張って来たのだけれど...まあ認知科学に認識論が入っているからいいか。

I cnduo't bvleiee taht I culod aulaclty uesdtannrd waht I was rdnaieg. Unisg the icndeblire pweor of the hmuan mnid, aocdcrnig to rseecrah at Cmabrigde Uinervtisy, it dseno't mttaer in waht oderr the lterets in a wrod are, the olny irpoamtnt tihng is taht the frsit and lsat ltteer be in the rhgit pclae. The rset can be a taotl mses and you can sitll raed it whoutit a pboerlm. Tihs is bucseae the huamn mnid deos not raed ervey ltteer by istlef, but the wrod as a wlohe. Aaznmig, huh? Yaeh and I awlyas tghhuot slelinpg was ipmorantt! See if yuor fdreins can raed tihs too.


僕も自分がなぜか支障なく読めること自体に絶句(笑)。当然と言えば当然だが、ブラウザのスペルチェック機能で赤線が引かれまくっているのが面白い。
日本語だと、漢字が少し間違っていても気付かずに読めてしまうようなものか。「お小違い」「縁茶」「携蔕電話」「管直人首相」とか(?)。漢検の準一級にも似たような問題があった気がする。解いていて、問題文(誤字が混ざっている)を一回読んで「え?間違ってなくないか?」などと思ってしまうこともあったりする...(苦笑)。
追記は上の<正しい英語>版。

海外留学に関して

中国人の知人に聞いた情報。中国では大学入学統一試験(『高考』)の受験人数がこの頃大幅に減少しているらしい。理由はあの一人っ子政策のせい…ではなく、<減少分>が欧米やオーストラリアに留学に行ってしまうからだという。もっとも、優秀すぎて中国が物足りないというような学生は少数であり、大半は『高考』の点数が捗々しくないので、国外に行く事で面子を保とうとしている学生である。国外に行って何を学ぶかと言うと、芸術だそうだ(笑)。TOEFLやSATの点数に対する要求が甘く、あんまり高等な英語を使わず、それに点数が悪くても「教官と審美感が異なっている」で言い訳できる唯一の科だから…。
中国人に限らず、東アジア地区の国民の多くが抱いている幻想のひとつに「欧米の教育水準はアジアより高い」というものがある。日本の大学の事はよく解らないから大学の比較は僕にはできないが、中高では決してそうとは限らないと言える。
まず、数学は絶対にアジアのほうが強い。教科書だけむやみにデカい(電話帳みたい)ので、何かとても偉そうな事を勉強しているように見えるが、日本のゆとり教育を一字一句違わず実践しているような公立校とさして変わらない事をやっている。たとえばアメリカの大学進学適性検査であるSATにはIとIIがあり、Iは英語ふたつと数学ひとつに分かれるが、その数学の問題を見てみればいい。分数のかけ算、一次関数、円の面積、云々。その上に選択制。仮にも大学進学適性検査ですから。
勿論欧米人でも出来る人は本当によく出来る。ただ高校から焦って留学しに行くのもどうかと思うだけ。しかし確かに、教育方針は「みんな一緒に成績を伸ばそう」というアジアと違う。最優先にすべき項目はカリキュラムの内容ではなく<合っているかどうか>。何かとてもありふれた事を言ったが、本当である。好きか嫌いかではない。(これは不思議なもので、嫌いだが合っているというのは矛盾しない。僕の高校がそうだったから。)またいきなり環境が変わるというのもかなり負担になるもの。国内の移動でも子供にはかなり重荷になるのに、突如として海外に飛ばされたら死にたくなること請け合いである。テレビか何かで、「友だちの見舞いに行こう」と娘を騙して職業学校だか訓練所だかに入れさせた酷い親の話を観たが、ああいうのは言うまでもなく論外だ。いくら自分の子供のためと思っていても、本人が望まなければ意味がない。たとえ<幸福>であれ、なすりつけは許されない。
同じように、親の面子や都合のために子供に相談もなく留学させるのはもってのほか。本人がぼんやり同意していても、はっきりした同意が得られるまで決定は控えるべきだ。留学はあなた方が思うよりずっと壮絶なのである。

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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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