InAequabilitas

Date : 2010年11月

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凡愚を解剖する

単なる戯言というか、ぼやきというか

言語教育と学習について

外国語の早期教育というのに僕は賛成だが、しかし早期過ぎるのもまた考えものだと思っている。いや早期過ぎても構わないが、「日本にいれば日本語は喋れるようになるだろう」という思い込みは、実は間違っているのである。

アメリカン・スクールやインターナショナルスクールでは全ての授業を英語で行う。もちろん現地語の授業もあるが、「日本語」とか「ドイツ語」という感じで、いわゆる「国語(読解なんかをやったりするもの)」はやっぱり英語で行う。すると当然子供は英語優先の頭になってくるわけだ。子供をインターにやるような親で英語が全くできないのは稀だから、子供が家で英語を話せば「母国語を話しなさい」とせっつくのも面倒なので一緒になって親も英語で話す。そして子供が現地語の授業を真面目に聞かず、英語の交流ばかりに耽溺していれば、母国語が話せなくなるぴったりの環境が出来上がる。
そんなふうに、幼稚園からずっと母国にいながら中学・高校になっても母国語が片言レベルの学生をたくさん見た。別に親がそばにいないとか子供の母国語が喋れないのではない。単なる親の怠惰から、せっかく本に齧りつかなくとも習得できる言語を学習する機会を失ってしまったのだ。

大人でも、そんな機会を自ら手放している人間をたくさん知っている。アメリカに30年も住んでいながら、英語の全く出来ない親の知人。日本に20年以上住んでいながら、日本人と意思疎通が侭ならない叔母。しかし逆にその機会をうまく捉えた者は、「日本語がお上手ですね」どころかたとえば逆に「ドイツ語がお上手ですね」と日本人に褒められてしまう(母語がドイツ語なのに、である)までに上達している。ちょっと学習したいと思うだけで、どこかに1週間も旅行に行けば、その国の言葉で「これいくらですか」とか「水を一杯ください」くらいは言えるようになるもの。10年経ってそれすらできなかったら、ずっと引きこもっていたのかと思わざるを得ない。
国外に居住する時、確かに母国民の集団を知っているというのは心強い。しかし彼らに頼ってばかりいるのも考えものだ。必要なときだけ彼らに頼り、言語的な自立心を培う事が重要である。

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Irony, Satire and Truth

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北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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