InAequabilitas

Date : 2010年03月

CURRENT MOON

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解答解説

この問題は中学一年レベルの数学しか必要としない。問題の雰囲気からなんとなく判らないこともないけれども。

ではまず斜辺の長さをaとおき、直角辺(判らない方)の長さをbとおこう。すると三平方の定理より
a^2 = b^2 + 11^2
変形すると a^2 – b^2 = 121、 つまり(a-b)(a+b) = 121
整数に整数を足しても、整数から整数を引いても、答えはどちらも整数である。よって左辺は二つの整数の積となる。
121の正の約数には1,121と11,11の組み合わせしかないが、辺の長さは0になり得ないのでa-b=1、a+b=121ということになる。
解答にはa+b+11しか必要としないので答えは132。ついでに各々の具体的な数字を出してみるとa=61、b=60 (ついでにもう一辺は11)という三角形が出来上がる。細長い。
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難しそうで簡単な問題

与えられた条件が少なければ少ないほど難しい問題だというのはまあ大体の場合正しい。そのため既知条件が少ないと見ただけで難しそうだと感じてしまうものがある。
―という面白い問題を見かけたので載せてみよう。

片方の直角辺の長さが11である直角三角形がある。もう片方の直角辺と斜辺の長さはいずれも整数である。このとき、この三角形の周の長さを求めよ。


訳しながら自分の日本語力の低下に気付いた…。「斜辺」に対するのは「直角辺」?そんな日本語があったという自信がない(adjacentに対する訳のつもり)。ついでに三角形の三辺の長さの合計のことを「周の長さ」というのかも自信がない。(苦笑

自己分析

知識欲の奴隷と成り果てると、物欲が掻き消えていくことに気が付く。かつては欲しい物ばかりだった。今は本と数丁の刃物以外ほぼ何も「需要/wants」はない(しかもその刃物も自傷用ですらない)。当然最低限の「必需/needs」は存在するが、それも最低限以上にはあまり必要もない(無くても平然と生きていけそう)。それどころか今あるものが邪魔で仕方なくなってくる。歴代の老学究たちが本ばかりに埋もれてそれでも幸福そうに研究生活を送っていた気分が解るような気がする。僕も(年をとれれば)間違いなく凄まじく偏屈な老学究になるに違いない。

常に苛立っているというのもなかなか疲れるもので、この前しばし気分を落ち着けてゆっくり周囲を見回してみた。即座にまた苛立ちに舞い戻ったが。その時気付いたのだが、僕と同じくらい孤立狷介な男が一人いる。しかし知り合いになりたいとは思わない。やはり僕は筋金入りの人間嫌いであるらしい。

僕は今いるここから抜け出したいが、しかし動きたくもない。「どこかに行きたい」でも「どこかに居たい」でもなく、「どこにも居たくない」のである。この感覚は、僕を掴んで離さない死への憧憬とは違ったどこか遠いところにあって、希死念慮には直結しない。なぜならば死への欲求は破壊欲求(タナトス)であるが、「どこにも居たくない」はより快適な生への欲求だからだ。ところがこの願望は実現不可能なので、僕の欲求の蛇は自らの尾を咥えてウロボロスとなる。すると両極にいた彼ら(希死念慮と不在欲求)は俄然隣り合ったもの同士となり、僕の視界を占めるのは結局、死への憧憬のみとなってしまうのだ。

僕にとって直視できないものは死と太陽ではなく、未来であるようだ。未来を見据えようとすると頭がおかしくなりそうになる。そこでシェイクスピアの書いた「そんなふうに考え始めてはいけない。そんなことをしたら、気違いになってしまう」という台詞を呪詛のように繰り返すことにしている。

忘れようと努めるほどに脳裏にしがみついて離れないのは何たる逆理か。饐えてなお甘やかな追憶。僕は理性の判事によって感情の罪に対する一生の罰を言い渡された。このまま全て背負ってそれに蝕まれ悔いながら死んでいくのか。しかしそれでも記憶の影を追おうとしてしまう自分自身を眺めているのが最もやるせない。

国を跨いで生活していると、いやというほど浴びる質問は「故郷はどちらで?」である。そもそもが母国を二つ持って生まれたような人間なので返答するのに困窮してしまう。そんなわけで何ヶ月か前から、そう聞かれたら無言で空を指差すことにした。無境界の人になりたい。

僕はどうにも不均衡な(inaequābiliter)奴だと思う。几帳面と大雑把が、敏感と鈍感が、知と無知が、安定と混沌が、ひとつの精神の中に同居している。ひょっとすると精神は一つではないのかもしれない。

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言葉と言語について

外国語というのは、本当に下手くそな時には逆にやたらと喋り散らしたくなるものであるが、しかしほどほどに上達してくると自信を失って全く喋れる気がしなくなってくる。再び口を開けるようになるまでには相当の進歩が必要となろう。

言語の壁には二種類ある。一つは日常会話の壁で、これは比較的容易に乗り越えることが出来る。母語であるならばこの壁は存在しない。その言語環境におかれて餓死することもなく、会話が成り立ったり学習ができたり大概の本が読めたりするもの。二つ目は外国語に限らず母語にも言うことができよう。高度な言語への壁である。一つ目の壁を越せばそれなりの文章が書けたりするものだがそうではなく、文を書くときにおいて「美しい文章」を目指すこと、会話において機知に富んだ切り返しができること、読解において高度な哲学書などを読めたりすること。これは意識せねば壁の存在にすら気付けない。もしくは越える必要もないので言語との闘争を放棄してしまうか。しかしこの壁を越えられれば真に文化的な人間に大きく近づくことができるはずだ。だがこの壁は実に険しい。

言葉は無力だが、無益ではない。たとえその場では無益に見えようとも、意志を持った発言は廻り巡って思いがけぬところで作用を発揮する。

言語において、上手なノンネイティブと下手なネイティブというのはやはりどこか違う。悲しいことにネイティブは下手でもネイティブであり、ノンネイティブはどう足掻いても結局はノンネイティブだ。因みに僕は、会話においては母語も非母語も絶望的なほど下手糞である。

慣れない外国語をうまく印象付けようとしてか、スラングやコロキアリズムをやたらと多用するノンネイティブの話者はひどく滑稽に見える。そういう表現をどこで使うかというのは長い経験でしか身につかない(それより、母語話者にしかわからないような気もする)。たかだか10年くらいの「経験」では足りない。教科書みたいに喋っているほうがよっぽど理知的だ。

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名詩選―『八時』

He stood, and heard the steeple
Sprinkle the quarters on the morning town
One, two, three, four, to market-place and people
It tossed them down.

Strapped, noosed, nighing his hour
He stood and counted them and cursed his luck;
And then the clock collected in the tower
Its strength, and struck.

- Eight O'Clock / Alfred Edward Housman



英国の詩人A.E.ハウスマンの作品。絞首刑に処される若者を詠んだ詩である。
これが…僕は好きでどうしようもないのだが。
きっとこれは秋の情景で、空は晴れ空気は冷たく澄んでいるのだろう。人が一人死のうとしているというのに、市場は変わらず賑やかで、時計は変わらず時を刻む。過去の罪を背負って殺される彼は、独りそんな運命を呪っている。
死を急かすような鐘の音が―ああ確か、僕の鐘声の幻聴もこの詩に出会った後から始まったんだ。まあそれはよい。
押韻というのもなかなか好きで、たとえばポーの大鴉(The Raven)も愛読、というか愛朗読している。僕は革新的と見せかけつつ芸術においてはアカデミックなので、文学でもちゃっかりシェイクスピアなんかが好きだ(そして関係ないが、悪役が好きだ)。
人が生きても死んでも世界は全く変わらないのだ。解り切っていることだし、変わることを望みもしない。しかし、なんと虚しいことか。時は死を急かし、何者もそれには逆らえない。罪を悔いる時間も与えられなかったこの死刑囚の懊悩がこの詩をいっそう美しく見せている。なんという悲しい皮肉か。

Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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