InAequabilitas

Date : 2010年01月

CURRENT MOON

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フォント...

ブログタイトル部分のフォントをViner Hand ITCにしてあるのだが、突然気づいた事には「このフォントがインストールされていないとMS Pゴシックのままではないか」!
微妙なこだわりというかなんというかだが、このフォントそれ自体もなかなか洒落ているので、ダウンロードしておいて悪い事はないような気がする。(時間も金もかからないし)
ということでリンクを紹介しておこう。ここで落とせる。
やや面倒なのは、認証が厳しい(?)ことで、まずこのページでは左のチェックボックス(インストールについてちゃんと了解しております)をクリックしてやっと進める。次は5桁の画像認証(コメント投稿時のと同じだ)があり、続きを表示すると「ダウンロードするには上のリンクをクリックしてください」と出るが、真上の画像をクリックしてはいけない。その上を見ると「○○秒お待ち下さい」という表示が出てくる(1分くらい)ので、気長に待ってあげよう。

欺瞞の壁

「人は誰も記憶力の乏しい事を嘆きはするが、批判精神が乏しい事を嘆きはしない。」

有名なラ・ロシュフーコーの「箴言」に収められた言葉のひとつである。
近頃は―と言いたくなったがそうでもないらしい―批判は好まれざるものという見方が強いようだ。批判は潤滑な人間関係をぶち壊すから、というのが一般の見解らしい。ゆえに生ぬるい憶測と黙認の中にみな生きている。
どの本だったか忘れたが、著者はそれを「不誠実な生き方」と呼んだ。諸手を挙げて賛同したい。僕は誠実でありたい。お前ともあろう奴が、と知人に嗤われそうだが、僕は前よりは少しくらい頑丈になった。気付かれることなく役者であり続けるのは厭なんだ。演劇から抜け出したいんだ。

批判精神という拡大鏡を手にして、でき得る限り「正しく」世界を見ること。たとえ結果は間違っていたとしても、「観測結果」は欺瞞ではないこと。データの改竄と取捨選択を止め、真実を抉り出すこと。
これらが完璧にこなせる者は何人いるだろう。かく言う僕だって、都合のいいデータばかりを贔屓しているのではないか。
批判というのはケチをつけることだけではない。一般に思われている批判の語義はむしろ非難に近い。しかし、「批」も「判」も同じ意味(物事を裁き決めること)だ。良いものを悪いと言う必要もない。それはまた逆方向への意図的な歪曲であり、欺瞞である。


僕は「頭の悪い」人間を軽蔑する。頭が悪いとは、勉強ができないことではない。勉強が出来ても頭がとんでもなく「悪い」輩ならそこら中に跋扈している。逆に頭が良くて勉強ができない者もいるが(恐らくそれは不適応によろう)、前に述べた人種よりは遥かに少ない。実を言えば「頭の良い」人間それ自体がかなり見受けられない気がするのだ。
オウムの走狗となった名門大卒のエリートたち。所謂物わかりのいい「大人」。他人の意見の切り貼りを自分の意見だと思い込んでいる評論家。
彼らは勉強ができようとも、仕事ができようとも、「頭が悪い」。

では頭が悪い人間とは何か。それは自ら思考しない人間であり、抽象的命題に悩んだことのない人間であり、といった類の人種である。それでも自分の意見があると錯覚している者もいるが。更に酷い場合は逆に、思考する人間を馬鹿にしたりすることもある。
人は何故生きるのか、幸福とは何か、何故宗教は誰も救えないのか…黄ばんだ哲学書に記されていそうな問いに真剣に悩み続ける人間に対し、「そんなことばかりうじうじ考えてると大人になれないぞ」などと嘲笑を浴びせるはずであろう。もっと目先のことを大事にしろとのたまうかも知れない。
ならば僕は永遠に少年のままでいようじゃないか。思考を止めることが大人になる事だと言うのならば。


かのような本質的な問題に直面する問いを避けるのもまた欺瞞の一形態である。批判精神の角を磨き落とすのが他人との間に起こる衝突を避けるためのものなら、こちらは自身との衝突を避けるためのものだと言えよう。何故ならば「本質的な問い」に確実な答えはないからだ。一応の拠り所が欲しければ、古来からの数多の哲学書が古本屋に並んでいますのでどうぞそちらをご参照下さい。しかしそれではやはり単なるスクラップブックに過ぎない。
そうではなく、まずスクラップブックを作ってからそれを自分なりに別のノートにまとめ直し、自らの考察文を加えるのが最も理想的である。それでこそ得たものは何とかやっと自分のものとなりうる。



自らが正しいと思うことを選択し実行し続けること―たとえ周囲を敵に回しても―というのは、今の社会においては至難の業だ。それならせめて、思想だけでも自らを欺くのはやめたらどうだ。
再び「箴言」より。

「それとは知られずに、他人を欺くことは難しい。しかし、それとは知らずに自分自身を欺くことは容易い。」

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泣くほど解りやすい運動の法則

Ronald L. Reese著のUniversity Physicsと題された教科書を図書館でなんとなく手に取った。
中身はそんなに難しいことを言っていないが(たぶん物理専攻向けではない)、なかなか面白い。解説がわかりやすくて良い。
…と、運動の法則の章を開いて読んでみると―

以下、運動の第三法則(作用反作用の法則)のまとめをそのまま写してきたものである。

1. Forces occurs in pairs (like socks).
2. Each member of a given force pair has the same magnitude (the socks of a given pair are the same size).
3. The two members of a given pair points in opposite directions (socks are not worn this way!).
4. The paired forces act on different systems (socks are worn on different feet).


あのさ、分かりやすい事はとってもいいんだけど、ここまで解りやすいと泣けてきちまうよ。何も靴下と比較しなくても。


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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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