InAequabilitas

Category : 科学雑記

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毒物劇物取扱者試験 (埼玉平成24年度)

埼玉県の毒劇試験を受けてきた。これはどう考えても...受かる!(笑)

受験した人のために、答え合わせ用の答案を置いておく。判っているミスは既に修正済み。
区分は一般 (特定品目と農業品目の問題気になるなあ)。他にもミスがあるようだったら指摘してください。

[法規]
2 3 2 4 3 2 4 4 3 1

[基礎化学]
2 3 3 4 2 3 4 1 4 2

[毒物劇物の性質]
4 1 2 2 1 3 3 1 4 4

[実地]
2/2 1/1 4/1 5/1 3/2

僕は法規と性質で1問ずつ外していたらしい。他は大丈夫だと思う。

[2012. 12. 4 追記]
合格していた。成績開示にも行ってみたが、自己採点は正しかったようだ。
埼玉県の合格基準は以下の通り(原文)。

各問1点とし、次の(1)及び(2)の基準を満たしている者を合格とする。
(1) 筆記30点満点のうち、6割(18点)以上かつ各科目別で平均点を著しく下回らない者(1点以上得点した者)
(2) 実地10点満点のうち、6割(6点)以上得点した者


因みに今年の合格率は一般41.4%、農業用品目22.8%、特定品目36.0%で合計では38.1%とのこと。

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Siriの友人

iPhone 4Sに搭載された秘書アプリ『Siri』であるが、これがなかなか凄いと評判であるらしい。"らしい"というのは僕自身がiPhoneを一度も使った事がないから。マカーなのに。
何が凄いかというと、メールを送れとかタイマーをセットしろとか誰それの電話番号を教えろといったいかにも事務的な仕事の他にも、愚痴に答えてくれたり冗談を言ってくれたりすることもできるのだ。そのうちに「話をしてくれる」というものがある。
"Siri, tell me a story"と話しかけるとはじめは拒否する(ことがあるようだ)が、そのうちに"Okay!"と話し始めてくれる。話は以下のようなものである。
siri-tellmeastory
どうやら日本語版でも「話をして」と頼むと同様の物語を聞かせてくれるらしい。
ところで話の中に"Eliza"なる人物(?)が登場する。これは適当に名付けられたものではない。

1966年、J. ワイゼンバウムによって『ELIZA』(別名DOCTOR)という名のセラピストもどきコンピュータプログラムが開発された。
当時は現在のSiriのように喋ってくれる機能はなかったが、チャットのように文字を打ち込むとELIZAが返答してくれるのである。立ち位置はELIZAが心理療法士、人間の方が患者といった風。但し何かしてくれるわけではなく、基本的には言われた事を質問にして鸚鵡返しにしているだけだ。
(人間とELIZAの対話実例は追記。)
それでもELIZAは大きな反響を巻き起こし、「ELIZA効果」という言葉も生まれた。これは人間が (頭では相手がコンピュータプログラムに過ぎないと判っていても) 無意識にELIZAが会話に興味を持っていると感じてしまう錯覚のことである。

Siriに対してもELIZA効果は働いていると見え、Siriに対して必死に愛のアプローチをする人が続出しているようだ。(も、もちろん冗談だよね...!)
Siriに恋い焦がれる世の男性陣、悩みに耳を傾けてくれる優しい女医のElizaがいるのをご存知ですか?あ、でも1966年に開発されたわけだからもうオバサンなのか(笑)。
因みにもう一人、PARRYというこれも初期の会話ボットがいる。こちらは精神科医によって開発された妄想型統合失調症患者のシミュレーションで、ELIZAよりも複雑なプログラムであったため、実際に精神科医と対話させた際に本物の統合失調症患者と間違われたこともあったという。開発時期はELIZAとほぼ同じ1972年と早め。
これほどにコンピュータ技術の発展は目まぐるしいというのに、40年も前にSiriのようなプログラムが存在していた事に驚かされはしないだろうか。

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面白い構造式を集めてみた

A: C60フラーレン
buckyball面白い構造の元祖はやっぱりこれである気がする。この構造モデルが提唱された時、あまりにも変な形であるためにこんなのあるわけないだろと一笑に付された過去を持つ。5員環(五角形)が12、6員環(六角形)が20で構成されており、これがサッカーボールに喩えられる要因である。内部に金属などを抱き込んだ内包フラーレンというものもあり、内包できる金属には選択性がある(ScやTiなどはあるが、FeやAlはないのらしい)。ところでフラーレンをC60のことだと思っている人が多いようだが、フラーレンは炭素同素体の1カテゴリーで、C60(バッキーボール)の他にC70、C74などもあり、話題の(?)カーボンナノチューブもフラーレンとされることがある。孤立5員環則(IPR)によりC60は最小のフラーレンとされるが、人口合成された最小のフラーレンはC20のようだ。ただこれはIPRを満たさず5員環12個のみで構成されているため、非常に不安定で長時間存在し得ない。ところでオイラーの多面体定理のために5員環の数は常に12というルールもある。



B: ナノプシャン
nanokidこの記事を書こうと思い立った切っ掛けがこれ。むしろ初めて遭遇したのはナノバレエダンサーで、その華麗な舞姿に爆笑してしまった。そしてあまりにインパクトが深過ぎるので色々な人に見せびらかして回った(笑)。反応:「ちょw人wwwしかも踊っとるwwwこんな分子マジであるのかよwwwwww」
それがあるんだな。nanoballetdancer
で、ナノバレエダンサーとはこういう奴ら(右)。
中学のときにリモネンの構造式を見て級友と"人間すぎる"と笑っていた記憶があるが、ナノプシャンの前にリモネンはやはり一般人、いや一般分子となった。原型であるナノキッド(上)をIUPAC名で呼んでみると"2-(2,5-bis(3,3-dimethylbut-1ynyl)-4-(2-(3,5-di(pent-1-ynyl)phenyl)ethynyl)phenyl)-1,3-dioxolaneである。舌を噛むなという方が無理。
元の論文はこれ (Synthesis of Anthropomorphic Molecules: The Nanoputians)で、論文中では二量体やポリマーなどの合成にも触れられている。もちろん手と手を取り合った和気藹々なナノプシャンたちである。
左が二量体、右がポリマー。
nanoputian-dimer nanoputian-polymer
nanoputiansまた、頭部のアセタール構造を変換して得られた色々な職業のナノプシャンもいる。ここにはいないが王様もいるんだそうである。個人的にツボなのがテキサス人とシェフなのだが、学者先生の帽子についているウネウネも気になる。これからシェフの帽子を見る度にフェニルを連想しそうだ…。
因みにナノプシャンの身長はその名の通り2nm程度である。何の役に立つわけでもないらしいが、子供のナノテクノロジーに対する興味をかき立てるということで化学教育プロジェクトの一環として認められており、ライス大学内にHPもある(Welcome to Nanokids)。科学者は頭が固いとか思い込んでいる奴は有機化学勉強して出直して来やがれ!

おまけ: 構造がサッカーボールなだけにC60で遊ぶナノキッド、ツアー教授が作成したわけではないが誰かが勢い余って考えてしまったナノヒッピー。それからNanoputianとNanoputinの綴りが似ているのは理解してやるが、とりあえずナノプーチン考えた奴出てこいwww
nanokid-soccer nanohippie nanoputin

B': ナノカー
nanocarナノプシャンを合成したツアー教授のグループはその後ナノカーという車型分子も合成している。"タイヤ"はC60フラーレン(!)或いはp-カルボラン(C2B10)であり、横には動かしづらいが縦には動かしやすいため、ちゃんと本物のタイヤのように転がっていると言える。その上、分子モーターを取り付ける事によって、光エネルギーを受けて自力で走行するナノカーも作成されている。何でも光のエネルギーで二重結合の一本が切れて回転する事によるものなのだそうな。こちらではC60フラーレンを使うとこの方が光エネルギーを吸収してしまうため、カルボランをタイヤとして用いる。
この他にも6輪ナノカーや荷物を載せられるナノトラック、更にはニョロニョロと這って進むナノワームがある。ナノワームが這う仕組みは光を当てる事によって、中央のジアゾ結合がトランスからシスに変換されることを利用しているのだそうだ。ナノドッグとかナノフィッシュがあってもいいんではないかと思う(笑)。



C: ペンギノン
penguinoneナノドッグとかあればいいんじゃないかと言ったところで、そういえばナノペンギンが存在する事を思い起こす。ナノプシャンと人間の相似度に比べたらペンギノンとペンギンの相似度は低めだが、眺めれば眺めるほどペンギンに見えてくる気がする。認知バイアス?




D: ラダーラン
ladderane
英語ではLadderane。正に梯子なアルカン。この4員環であるが、結合角が90°と小さい(sp3混成軌道でも最小104°くらい)ために反応性が高く、ひずみのため非常に合成しにくい。でも高校化学では何だか当り前のようにシクロプロパン(3員環)やシクロブタンが問題に出てきた覚えが…。因みにペニシリンは構造中にシクロブタンではないもののβラクタム環を含み、ペニシリンの薬効はこの大きなひずみに起因する。



E: ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン
HNIW名前からして凄まじい。英語もそらで正しく綴れる気がしない(Hexanitrohexaazaisowurtzitane)。そんなわけでHNIWという略称が用意されている。TNT換算190%の高性能爆薬であり、現在量産されている爆薬の中では最大の威力を持つ(ε型結晶)。爆速は9000m/sを超える。

octanitrocubane理論上最強の爆薬はオクタニトロキュバンだ。HNIWはニトロ基を6個含み、それでも十分多いというのにこちらには8個もある。爆速は10000m/s超と爆薬好きの憧れの的(?)であるが、製造コストが非常に高くつき、純金並みのグラム単価となるために実用化や量産はなされていない。

それにしても高性能爆薬には変な構造のものが多い。HMTD然り、TATP然り、HMX然り。変な構造だからひずみなどのエネルギーが高く、だからこそ爆薬になり得るわけなのだが。「構造のひずみ=反応性が高い」がいまいちよく理解できない人は、実際に分子模型を作ってみればそれを身をもって実感できるはず。

E': キュバンポリマー
cubane-polymerキュバン単体でも十分面白い構造をしていると言えるが、これがずらっと重合すると更に変な容姿になる。キュバンポリマーはかなり強靭な繊維として応用できる。またフェニル+キュバンという構造の抗癌剤もあるらしい。




F: ヘリセン
helicaneベンゼン環を螺旋状に繋げていったもの。一周して端を閉じてしまえばコランニュレン(ベンゼン5個)やコロネン(6個)などができる。ヘリセンが面白いのは、不斉炭素がないのに光学異性体を持つ事である。これは分子の混み具合に起因するもので、通常各々の光学異性体は左手型・右手型などと区別されるが、ヘリセンでは左回りと右回りとして区別されるようだ。

因みにこういうのもある。
helicane1 helicane2


G: ポルフィリン
hemeB chlorophyll
人体の血液中のヘム(左、ヘムB)や植物の葉緑体のクロロフィル(葉緑素、右)はどれもポルフィリンである。クロロフィルの構造式をよく見ると左下がC20H39と省略されているのが判るが、これはフィトールから来ているため全部展開して構造式を書くと凧のような格好になって実に愉快である。
クロロフィルが光合成に役立つのは、光を吸収する事によって励起電子を放出し、これがプロトンポンプに受け渡されたりNADPH生成に寄与したりすることによるものなんだそうだが、生物学に全く疎い僕はちょっと何だか判らない(苦笑)。但し植物が水を必要とする理由が、水を酸化して酸素に変換する事で放出した励起電子を補充するためというのはよく判った。ここは化学!



H: クエン酸コバルトキュバン重合体
co-citrate-cubane-polymerこんな構造式を書かされた暁には化学が厭になる事請け合いである。この錯塩、右部分の複雑な立方構造だけでも十分迫力があるというのに、二次元方向(上下左右)に広がるポリマーだというのだから尚更凄い。IUPAC名だとpoly[dicaesium(I) hexaaquacobalt(II) [octaaquatetra-μ-citrato-hexacobalt(II)] dodecahydrate]といい、化学式は{Cs2[Co(H2O)6][Co6(C6H4O7)4(H2O)8]·12H2O}nである。100K(-173℃)の温度下で形成されたというので、人工繊維などへの応用もできなさそうだ。何だかクラクラする。

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毒劇物の危険性:LDに惑わされない

急性毒性の強さを比べる場合、最も頻繁に引き合いに出されるのが経口LD50である。何であるかは説明するまでもないのだが、簡単に言うと1グループの動物(マウス、ウサギ、ヒト、etc)に一定量の物質を経口投与(要は食わせる…)するとその50%が死亡する量のこと。もちろん値が小さいほど経口毒性は高い。
経口LD50を用いて毒性の強さを直に比較するのはやはり簡単であるし、説明もしやすく基準も明確だ。毒劇法や薬事法の毒劇物・毒劇薬の指定も基本はこれに依っている。NFPA704(所謂ファイアダイアモンド)、GHS分類、EU分類も同じ基準だったはず。だが、実質的な危険性を考慮する場合、これには大きな問題がある。



1. 値のばらつき

そもそも経口LDの求め方からして、一定の値に統一されることなど有り得ない。偶然その1グループのラットが揃って無駄に頑丈であったり、逆にひ弱であるかもしれない。或いはLSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)のように、動物種によって感受性にかなりのばらつきがある物質もある[1]。しかも現在では動物愛護団体が何かと喧しいので、大量の動物を用いて精確なLDを求めるようなこともあまりされない。つまり参照する実験結果によって、分類の結果がかなり変わってきてしまうということだ。
実例としては、塩化バリウムBaCl2が挙げられる。EU分類はT(有毒)、GHSでの分類は区分3(飲み込むと有毒)であるにも関わらず、NFPA704の分類(健康被害)は一般に5段階中たったの2である。

[1]: LSDは一般的に、体の小さい動物ほど感受性が低いことが知られている。ラットのLD50が16.5mg/kgである一方、ゾウのLD50は遥かに小さい0.06mg/kgである。因みに人間では更に低く、0.003mg/kgと推定されている。



2. 投与経路の違い

上からずっといちいち"経口致死量"と「経口」を付与して書いているが、これもなかなか重要なポイントだ。経口であるのか、静注なのか、経皮なのか、或いはその他か。普通、静注や腹腔注射のLD50が最も小さい。だからといって、それを見ただけで物凄い毒だと思い込むのは早合点である。
例えば、バファリンなどで有名なアスピリン(アセチルサリチル酸)の致死量を見てみる。違うところで比較するのも狡いので、同じ動物・同じ研究グループでの値を用いる。ウサギのLD50なのだが、腹腔注射では500mg/kgである一方、経口投与では3倍以上の1800mg/kgとなる(参照元: Sunshine, I. (ed.) CRC Handbook of Analytical Toxicology)。
投与経路によって毒性が大きく変化する毒物もある。思い付くところでは金属水銀Hgやリシンだろうか。水銀化合物は毒物として有名だが、単体では消化管から吸収されにくいため毒性は弱い。しかし蒸気を吸入した場合は少量で高い毒性を発揮する。
リシンはトウゴマの種子に含まれる毒性蛋白質で、トリカブトのアコニチンよりも強力な毒だと僕は認識している。自殺目的で種子を貪り喰った例も少なからずあるが、生存率が思いのほか高いことに気がつくだろう。これはリシンが特殊な構造をしているがために、胃液や膵液によって消化されにくいことによる。ところが脂溶性の高さから経皮吸収されやすく、またエアロゾルとして吸入した場合も毒性はかなり高い。リシンの経口LD50は20-30mg/kg(ラット)と、毒物データを見慣れた目には大して驚くような数字でもないのだが、これが吸入になると2.7-5μg/kg(マウス)であり、先の経口致死量の約1万倍毒性が高いということになる。



3. 毒性物質の密度

密度も実質的な危険性にとって避けては通れない問題であるはずだ。同じ10gでも、羽毛と純金では体積に凄まじい差がある。毒物も同様。「うっかり飲み込む」ような量は、体積として大抵どの物質(固体)も同じようなものだが、生死を左右するのは体積ではなく重量である。
例えば1cm3のとある固体を嚥下したとする。もしそれが塩化コバルト六水和物CoCl2・6H2Oなら、重量は1.9gほど。体重60kgの人間にとっての致死量は推定80mg/kgなので4.8gとなり、飲み込んだ重量はそれよりかなり小さいため助かる見込みは高い。
ところがもし飲み込んだのが酸化カドミウムCdOであれば話は全く違う。結晶体の酸化カドミウムの密度は8.15g/cm3である。致死量は塩化コバルトとほぼ変わらない72mg/kgで、体重60kgの人間ならおよそ4.3gだ。しかし言う迄もなく、飲み込んだ8.15gから生還する可能性は低いと言える。
また当然だが、同じ化合物でも無水物かそうでないかでは密度が異なる。水は一応無毒と見なせるので無視すると、同質量中に含まれる毒性物質の重量は水和物である方がやはり低い。例を挙げれば、硫酸銅(II)CuSO4とその五水和物では、密度が3.6gcm-3と2.3gcm-3と差があるため、体重60kgの人間の致死量は(ラット経口LD50=300mg/kgを用いて計算すると)、無水物では18gだが五水和物は28gとなり、体積では更に5cm3と12cm3と、かなり大きな差が出る事がわかる。
長期保存によって変性している場合も毒性物質の含有量が低くなる。猛毒として誰もが知るシアン化カリウム(所謂青酸カリ)KCNは、空気に長期間晒されると二酸化炭素と反応して炭酸カリウムK2CO3に変化していく。これが何かというと単なる灰汁の成分であって、舌先で舐めたくらいで死ぬことはない。関連する実例がある。詳しいことは忘れたが、とある工場で従業員が青酸カリを少量舐めたところ、頭が冴えてすっきりしたような気がしたため、しばらくのちに眠気が取れないだか何だかでもう一度舐めたところ呆気なく死亡してしまったという事故である。一度目に舐めたのは廃棄されかけの古い青酸カリであったのが、二度目は新品だったというのが原因だという。



4. 味

愛犬家殺人事件の犯人はストリキニーネをカプセルに入れて被害者に飲ませた。直に料理などに盛らなかった理由は、ストリキニーネが1ppmでも苦みが認識できるほどに途方もなく苦いからである。
うっかり口に入れてしまった時、或いは他人に毒を盛られた時、もしその毒がストリキニーネほどではないにしても苦いものであったり妙な味がするのならば、きっと人は吐き出すに違いない。吐き出さないのは余程の味音痴か物好きかである。逆に言えば無味であるものや美味なものはそのまま飲み込んでしまいやすい。子供ならそれどころか、砂糖でも舐めるように口に入れ続けてしまうのではないか。
NFPA分類の健康被害分類が1から2、EU分類がXn(有害)、GHS分類が区分5というかなり毒性の弱そうなとある物質が毎年多数の中毒者と死者を出している。不凍液に用いられるエチレングリコールC2H6O2である。液体であり、大人の致死量はコップ1杯分ほどなので少ないといえばまあ少ないが、純度が高い状態で出回っている事があまりないことからすると致死量は多い部類だと言える。だがエチレングリコールは甘く、刺激性もない。このため子供やペットでの中毒・死亡事例が後を絶たず、また自殺目的で飲用する者も多い。
甘い毒物といえば酢酸鉛(II)Pb(OCOCH3)2もある。古代ローマの皇帝が発狂した理由やベートーベンが聾になった原因などがこれだと考えられている。青銅の鍋でワインを加熱するとそれにコーティングされた酢酸鉛などがワイン中に溶け出すことになり、ワインは甘くなるが長期的にそれを飲み続けると鉛中毒となる。そういえば最近(といっても80年代)も、高級甘口ワインと偽装する目的でジエチレングリコールC4H10O3が添加されたワインが出荷されたり、飲み薬に添加されたジエチレングリコールが原因で死亡事故が起こった事も度々ある。
別に美味でなくとも、いやむしろ無味であるほうが毒物は危険性を増す。グレイの「世界一美しい元素周期表」において、説明がその毒性についてしかなされていないタリウムTlがこれに当てはまる。グレアム・ヤング事件や東大技官殺人事件で有名な重金属で、化合物では酢酸タリウムTl(CH3COO)が特に無味であるのに加えて匂いもなく、色も白であるため、ヤング以前にも毒殺に用いられた事例がある。
無味のものや甘みのあるものはかつて殺鼠剤によく使用されていたが、誤食の危険が高いため今ではほぼ見かけない。



5. 匂い

固体は無臭のものがほとんどのように見受けられるが、液体の毒物には匂いがある事が多い。味と同じく、良い香りのものは飲んでしまうか多量に吸い込んでしまう可能性が高いだろうし、刺激臭や悪臭のする液体をわざわざ飲むようなこともほとんどないはずだ。
僕自身はベンゼンC6H6やトルエンC6H5CH3、メタノールCH3OHなどの有機溶剤の匂いが子供の頃から好きで、小学生の頃模造紙のマジックペン清書をいつも買って出ていたのを覚えている...。消毒用エタノールの匂いもとにかく好きだったので病院に行くのもむしろ楽しみだった。今でも楽しみだけど!こういう人物を有機溶剤だらけの環境に放置すると喜んで深呼吸してしまうので、白血病になったり幻覚を見たり失明したりする危険が大きいというわけである(爆)。
一方、その匂いのために中毒する危険が低くなる毒物もある。臭いといえば何よりもアンモニアNH3なわけだが[2]、小学生でも知っているメジャーな化学物質であるのに実は劇物指定されている。しかし0.1M程度の薄い溶液でもかなりの臭気があるためにすぐさまアンモニアの存在に気がつくし、敢えて大量に吸入したり飲み込んだりすることもない。
毒劇法による毒物であるアリルアルコールC3H6Oは、高濃度でマスタードのような刺激臭を発する。実験にすり合せのガラス器具が必要になるほどかなり凄まじい匂いであるため、不注意から摂取して重篤な中毒事故に繋がる事はそれほどなさそうである。

[2]: アンモニア臭は大便臭であると勘違いされていることが多いが、所謂大便臭とは高濃度のインドールによるものであり、アンモニアの匂いは全く違う。人によってはアンモニアの匂いが好きだという人もいるのだが...実例は僕の高校の化学教諭(笑)。



6. 体質の違い

同じ毒物を同じ体重の二人に投与するとする。双方を殺すのに必要な量が"誤差"や"ばらつき"では説明できないほどに大きく異なるというのは十分あり得ることである。
例えばカフェインC8H10N4O2の経口致死量にはやや幅があるのだが(150mg/kg-200mg/kg)、これはカフェインの毒性が年齢のほかに肝機能やモノアミン分解酵素の量等に左右されるためだ。もっと判りやすいところだと、酒に強い・弱いというのはアルデヒド酸化酵素の量によるもので、それが少ないとエタノールC2H5OHが酸化されて生じたアセトアルデヒドCH3CHO(有毒)が分解されにくいことになり、「酒に弱い」ということになる。
また、風邪薬のタイルノールの主成分であるアセタミノフェン=パラセタモールC8H9NO2はアスピリンよりも更に安全な薬として広く使用されているが、多量に摂取すると腎臓や脳に傷害を与え、死に至ることもある。自殺に使用される事もたびたびあり、有名なところではアメリカ炭疽菌事件の被疑者であったブルース・イビンズがタイルノールのオーバードーズによる腎機能・肝機能不全で死亡している。タイルノールの説明書を読むと、腎臓疾患がある場合は飲んではならないとある。引っくり返して言うと、腎疾患のある患者に対してはアセタミノフェンの毒性が一般より強く現れるということになる。
再び青酸化合物を引き合いに出す。ロシアの怪僧ラスプーチンは幾度もの暗殺を切り抜けており、そのうち二度がシアン化カリウムによる毒殺未遂であった。様々な原因が推測されているが、そのうちラスプーチンが無酸症だったためという説がある。つまり胃液が消失しているか、または薄くなっているような状態のこと。シアン化カリウムは酸と反応して青酸ガスHCNを発生し、それが吸入されることによって毒性を発揮するため、酸がなければ青酸ガスが発生せず、よって幾ら大量に盛ろうとも無意味になるというわけだ。



7. 相乗効果

単独での毒性はそれほど高くなくとも、特定の二つ或いはそれ以上の化合物を同時に摂取する事によって相乗効果が起こり、致死的なまでの毒性を示す事がある。よく薬の飲み合わせについて口やかましく言われる事があるだろうが、これも相乗効果のためだ。この場合は危険だからというほかに、薬効が低くなるからというのもあるのだが(鉄剤を緑茶で飲むと、茶のタンニンが鉄と結合して吸収を妨げるなど)。
酒(エタノール)は他のものと特に相性が悪いらしく、同じ鎮静剤であるジアゼパムC16H13ClN2Oと同時に摂取すると、鎮静作用が強すぎて中枢神経が過度に抑制され、呼吸停止による死の危険性が高まる。他にはドリアン(あの超臭い高級果物)とブランデーを一緒に摂るとかなり危険というのが南国の常識なのらしいが、理由はよく判らない。何か大量の気体が発生して胃が破裂するとかであったように記憶している。勿論ドリアンを単体で大量に食べても死にはしないし、ブランデーも酒豪にとっては安全な飲み物ではないか。
ただでさえ猛毒なコルヒチンC22H25NO6は医薬としての安全域が狭く、厚生労働省では痛風治療以外の用途が認可されていない。痛風治療にコルヒチンを用いている場合はグレープフルーツジュースと共に服用してはならない。CYP3A4やP-gpの阻害剤はコルヒチンの毒性を高めるが、グレープフルーツがまさにこれに該当してしまうからである。

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痛覚考

今まで体験した(肉体の)痛みに順位をつけるなら何が上位に上がるだろうとか考えてみる(誰得)。

3番は剃刀を寝かせた状態で皮膚を引っ掻いた傷(剃刀負けみたいなもの)を、アルコールを染み込ませたざらざらのガーゼで擦ったときの痛みじゃなかろうか。説明がとてつもなく解りづらいが、広面積の剃刀かぶれをアルコール漬けの麻布でがしがし擦っている状態と想像してもらえばいい(やっぱり解りづらい!)。三重に痛いのだ。ただでさえ痛い傷、滲みるアルコール、そしてヤスリの如き布!さすがに痛過ぎて二度と"剃刀負け型"の自傷はしていない。いや痛過ぎてというよりは、切創のような潔い痛さ(?)でないのが気に食わないからかもしれない。それから地味に痛み続ける割には血が全くと言っていいほど出ないのも気に食わない。つまるところはとにかく気に食わないのである。

化膿した傷口を塩漬けにするときの痛さも半端ない。2位に推す。そこらじゅうイラクサまみれの山奥に行ったときのことなのだが、脹脛を変な虫か何かにやられた所が水泡になり、そうこうしているうちに破れてしまった。それも一カ所ではなく数カ所もある。しかし衛生条件は理想的ではない。傷を洗おうにも水道の水はろくに出ない。道端の細流で洗うのが一番だが(たぶん水道水よりも清潔)、地元の人々が飲み水にしているそれに膿を流すのもどうかと躊躇われる。かといってどうにかしないわけにはいかない。アルコールなどあるわけもないが、食事を出してくれる所に行けば塩は必ずある。ということで塩を醤油皿一皿分ほどもらい、気長に傷口を塩漬けにすることとする。アルコールよりも良い消毒方法ではないかと感じる。但し、滲みて痛いと評判(?)のアルコールを遥かに凌ぐ激痛に耐えるという代償がつく。どれくらい痛いかというと、筋肉の不随意運動が間欠的に起こるくらい痛い(要は痙攣するというわけだけれど)。当たり前だが、塩漬けの痛さは傷の深さと開いている面積に比例する。膿が完全に吸い取られ切るまで塩漬けにすると傷口は真っ黒に変色する。これがなかなか気持ち悪い(笑)。

一番は恐らく誰もが共感するだろうが、歯痛。そしてそれに連動する三叉神経痛。顔面の神経を全部取り除いたって構わないと思わせるほどの激痛で、更に厄介な事に(僕の場合)歯を磨く・普通の温度の水を飲む・物を咀嚼する時に当たるといった動作だけでも物凄い痛みを引き起こしていた。一旦痛みが始まると、文字通り10分は動けない。虫歯になったことはあまりなく、歯科にかかったことも人生に5度あるかないかだが、中学の時にやられたこれはきっと一生忘れないことと思う。麻酔注射を本気で欲しいと思ったのは後にも先にも(先は言い切れないが…)あのときだけだろう。

拷問にかけられた事も癌になった事も、四肢を切断する羽目になった事もない僕が並べてみた痛みの体験だが、書いてみればあのひどい痛みもまるで他人事のようである。そういえば骨折はしたことがあるのに非常に痛かったような記憶はない。むしろ眼科で視力検査の前にさした目薬(散瞳剤)の方が痛かった。
それから、身体が痛みに適応するというのは本当のこと。同じ所(左前腕内側)を繰り返し自傷していた頃、初めは痛くてごく浅くしか切れなかったのに段々と深く切っていってしまう事に気がついた。そのうえ、それさえも大して痛くなく感じる。考えてみれば随分と危険なものだ。現在は腿に移行したので、ちょっとやそっと深く傷つけた程度では大きな動脈に触れる事はなく安全…だと思う…。
ついでにもうひとつ最近の発見。古傷のない皮膚とケロイド化した古傷とでは、むしろ古傷(ケロイド)を切りつけるほうが痛みは少ないのだ。さすがにまだ開いている古傷をもう一度切りつける時はかなり痛いが。


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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
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