InAequabilitas

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指南

長々と注意書きを書くときっと下を読む気がなくなるので場合分けを。
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閉鎖病棟隔離室

12月中旬のある午後、カフェインを合計3gほどODした。死ぬつもりはなかったが、死ぬかと思うほどに吐いた。胃酸さえ全てなくなるかのように感じた。二日目の昼、行きつけの病院の最寄り駅まで這うようにして行った。(地下鉄にまで乗ったのである、なんと。)そして大学の守衛室にふらふらと入り、救急車を頼んだ。意識は最後まで失わなかった。
主治医が精神科への入院が必要ですと告げたとき、僕は特に驚きもしなかったのであったが、そんないきなり入院させられては困ると一応拒絶の意を示した。しかし主治医は居住区の市長に連絡してでも入院させるというのである。それなら仕方ないといって入院することになった。閉鎖病棟の隔離室である。病室には外から鍵が掛けられ、室外には出られない。それ以前に点滴チューブ(メトクロプラミドだった)に繋がれていてベッドから動けない。窓外さえも見られない。というのも、窓には擦りガラス風のフィルムが貼ってあり、外が全く見えないのであった。部屋の中には尖ったものが一切なく、はじめはちらほらとあった紐状のものも、数日後に首吊り未遂を起こしてから一切なくなった。ベッドのシーツに至るまで、全て。窓は5cmしか開かない。蛍光灯は高すぎて届かない。窓ガラスは割れそうにない。薬は飲むところを監視されている。ということで、僕は死ぬ術さえも奪われたのだった。死ぬ事さえできない、と主治医に訴えたら薬が増えた。
入院中は行動制限・面会制限・通信制限すべてが最も厳重なレベルに設定されていた。だから親族にすら面会許可が下りず(会いたくなかったのだけれど)、病棟内の公衆電話も使えない。そもそも閉鎖病棟にはパソコンもiPhoneも持ち込めない。持ち込める物のほうが少ないのではないかと思うほど持ち込み物の制限が厳しかった。箸もスプーンも持ち込み禁止である。ガラスコップなど以ての外。もちろん理由は「自殺企図・自傷行為が切迫しているため」である。
外来では15mgだったエビリファイは24mgに増えた。それに加えて朝晩4mgずつのロナセン。眠る前に200mgのセロクエル。(鬱病との診断はどこへ行ったのやら。)それでも夜は眠れず、夜中に50mgずつセロクエルを数回追加するのが常であった。今の僕はセロクエルなしでは眠れない。

全世界がこの「どんより」に包まれればいい

頭部CT異常なし、貧血なだけで血液検査も特に異常なし、やっぱり鬱病との診断。何だかそんなような気もしてきた。(今まで調子がそこそこ良かった時は、単に"どん底"ではなかっただけの話で、いつだって僕はずっと雨の中だった。)
と、鬱病確定(?)したのが1週間前のことで、今日も律儀に再診。開口一番「やっぱり貧血だね。鉄すごい少ないよ」と告げられる。血清鉄の正常値は50-160μg/dlなのが僕は10。血色素量は9.3g/dlで意外と高め(それでも正常値以下だけれど)。パキシル12.5mgだけだったのがパキシル25mg、デパス、レキソタン…と段々増えていく。入院を勧められたがうやむやにして逃げる。左腕の傷を見せろと言うので大人しく見せると「形成外科行ってください」。でもどうせまた切るだろうから縫ってもらったって勿体無いだけだ。
何をするのも面倒だ。ネットするのさえ面倒(今は力を振り絞っている、と思う)。あまりにも何もかも面倒なので、何をするでもなくじっと座って壁を見ている。或いは天井を見ている。ちょっとだけ元気になった時は、机の上にある砂時計を延々とひっくり返し続けている。その間およそ数時間。
夜中の3時に厭な夢から目を醒ます。僕は多分子供の姿で、ギターも時計も何もかも全部壊されていた。ガキの頃さえ一度もしなかったような素振りで「どうしてそんなことするの?どうしてそんなことするの?」と誰かに惨めに追い縋る。気付けば目が醒めてからも、夢の中のようにぼろぼろ泣いていた。そして「ああ大丈夫だ何も壊されていない」と思ってまた泣く。「どんだけ不安定なんだ自分」とどこか呆れつつも、本当に本当かどうか自信が持てずに真新しい剃刀で皮膚を切りつけてみる。不思議にも全く痛くはなく、一瞬の間を置いて溢れ出す血を見て安堵するとある日の未明。

昨日は病院尽くしの日

何て日だ。朝の満員電車内で、目的駅に着くたった1分前にパニック発作を起こす。その後救護室(実はただの駅事務室)に担ぎ込まれるも全く過呼吸が止まらず。それどころか手が変な形で固まったままで動かせなくなる。足も痺れる。挙句、救急車で病院にまで運ばれて点滴だの動脈採血だのをされ、「身体のほうは全く問題ないので(中略)、精神科にかかることをお勧めします」と告げられる。どうせだからと精神科の初診を入れてみる。するととりあえず鬱病との診断を食らい、パキシルを処方される。その後も心電図を記録され、血を採られ、頭部CTを撮られ、5日後にもう一回来いとのこと。鬱病はないんじゃないかと思うのだが、ベック鬱病指標をやる度ごとに「重症の鬱病」と出るのは確かである。(でもかつて知人にやらせてみた経験では、鬱病をかすりもしなかった奴など今まで一人しかいない。)帰路は電車で強行。昼間のため混んでおらず、パニック発作は来襲しなかった。けれども明日またぶっ倒れるかもしれないと思うと気が滅入る。どこまで惨めな奴なんだ。

エピステーメー

35年くらい前の思想誌エピステーメーを買ってみた。
episteme
第一印象は「何かこの装幀どこかで見たことある!」だった。暫くして講談社現代新書の旧装幀に似ていることに気がつく。
koudanshagendai
index案の定、装幀はどちらも同じ杉浦康平氏の手によるものらしい。目次もいやに格好いい。右の写真は「眼球—まなざしの哲学」のもの。カバーを外した講談社現代新書の表紙に似ていなくもない。
ブクログ本棚に登録しようとしたところ、古すぎてISBN番号がないせいか登録不可能(!)。数日前に買った80年代/90年代の別冊・数理科学も、一冊として登録できなかったのだけども。
今のところどれも未読だが、パラパラとめくってみたところ、これは...神雑誌の予感!(笑) 他の雑誌のように飯を食べながら読むのはちょっと不敬な気がする。押さえていないと机の上にうまく広げておけないという原因もあるにはあるが...
それにしても何だってエピステーメーは廃刊してしまったのだろう。当時と同じ価格の800円だったとしたらクオリティ高・価格低・装幀良しの三拍子揃った雑誌なのだ。しかし今売るとしたら、少なくとも現代思想と同じ1300円は取られるはずだろうなあ。

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Irony, Satire and Truth

Biography

北落師門

Author:北落師門
特徴: 研究者気質(何)、厭世家、人嫌い、典型的ブックワーム。
大量の学問だけで出来ていると思う。詭弁と皮肉で武装している。
目の悪さが半端ない。あと、電話と食事と世間話が天敵。
Detail/本棚

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